First Impression






ブリタニアから遠く離れた空の下、日本。
ルルーシュは、ここ数日の間にすっかりと見慣れてしまった部屋の中で、小さくため息をついた。
ここは、ブリタニアと敵対する、日本国の首相、枢木ゲンブの屋敷。
母を失い、後ろ盾をなくしたルルーシュと妹のナナリーが、父の外交の道具として、単身追いやられた敵国…そこで与えられた住まいだった。


母のいなくなったブリタニアには欠片ほどの愛着もなく、寧ろ、己があの男の息子であることを思い知らされるばかりの国にいることは苦痛でしかなかった。
だから、父から…日本への使節団代表としての任を受けたときには、一種感謝すらした。
意味的には生け贄となんら相違ないその宣下は、けれどルルーシュにとっては国を捨てるチャンスでもあったからだ。


それがたとえ死を意味していたのだとしても。




「どうせ、俺はもう死んでいる…俺は一度たりとて…生きたことのない人間だ…」


去り際にきいた、あの男の言葉が深く突き刺さる。
死など恐ろしくはない。恐ろしいのは自分の意志が曲げられることだと知っているから。
けれど、ならば、自分はなんなのだと叫びたくなることがある。


「生者にして死者…か。」



ともすれば、思考の闇に飲まれそうになる心を叱咤して、ルルーシュは読んでいた本をパタリと閉じた。


自分の傍には、妹が、安らかな寝息をたてて眠っている。
ルルーシュは、そっと妹の眠るベッドへと歩み寄ると、膝を折り、その顔を見つめた。

全てを失ったあの日。
もう傷つかないように。誰の手からもこの手で護ってやると、そう決めた。
以来、一人称として使い始めた「俺」という言葉は、もうすっかりと馴染んでしまった。


「おまえは俺が護るよ」
何度誓ったか分からない言葉を、ルルーシュは今日も紡ぐ。

安らかなナナリーの表情に、ルルーシュの心も又、和らいでいくのを感じていたのだが。

「あいつ…」

不意に、思い出してしまった昼間の出来事に、ルルーシュは宙を睨んだ。






枢木スザク。

日本国の代表者である枢木総理大臣に連れられてやってきた、自分と同じ年の少年の名だ。
ブリタニアの代表として、ゲンブと謁見を済ませたのちに、ふと窓の外を見れば、中庭でスザクがナナリーに話しかけているのが見えて、ルルーシュの身体から血の気が引いた。

「おまえ、何をしている?!」

怒鳴りながら、相手の肩を掴み、引き剥がす。
引き剥がされた相手は、元々大きな瞳をもっと大きく見開いて、驚いたような顔でこっちを見たが、そんなことにかまっている余裕など無かった。
ルルーシュは慌てて、妹のほうへと振り返る。


「お兄様ぁ…!」


車椅子に座った妹は、眉間に皺を寄せて、小さく震える掌を握りこんでいた。
視界を失ってから間がなく、更に、見ず知らずの人間に母親を目の前で殺されたナナリーの心の傷は深く。

見知らぬ人に話しかけられるだけで、怯えるようになってしまったのだ。酷いときには、過呼吸に陥ってしまうことすらあった。

「大丈夫、何も怖くないから」

そう言って、抱き締めあう兄と妹の姿に、少年…スザクは顔をしかめてこう言ったのだ。

「ばっかみたい。変なの。」

そうとだけいうと、くるりと背を向け、父親であるゲンブの元へと走り去っていってしまったのだ。
確かに、此方としても酷いことをしたとは思っている。
きっと彼にしたって、父親がいなくなって寂しくてナナリーに声をかけていただけに違いないのだ。
それをあんなふうに、邪険にしてしまったことは、こちらが悪い。
けれど、それにしたって、馬鹿みたい、だの変だの…言いすぎだろう。

下手に矜持の高いルルーシュは、そのシーンを思い出しては腹立たしく思った。

「くっそ、アイツ…」

ナナリーがどういう状況か…どんな目にあったか、しらないくせに。
日本国総理大臣の息子でなければ…そして自分がブリタニアの皇子でなければ、あの場で殴りかかっていたところだ。



そのときだった。



僅かに窓ガラスがカタンと音を立てた気がして、ルルーシュは窓辺へと視線を走らせた。
此処は敵国の真っ只中。
戦争が始まるまでは、人質として重宝されるだろう身ではあったが、いつ暗殺されてもおかしくない。
部屋の外には見張りがいるはずで、然程気を張らずとも良いのだが、万が一ということもある。
足音を立てぬよう、俊敏に窓辺に近寄ると、そっと窓の外を窺い見る。
すると。


「おまえ…!」
「うわっ!」

青白い闇に包まれた中、窓枠の上へ、ひょろりと現れた白い手。
その手の主をさぐって視線を動かせば、思いもよらぬ人間の顔と遭遇した。


「枢木スザク…!」


その声には自然と嫌悪の色が混じり、それを敏感にも感じ取ったのか、スザクは気まずそうに視線をそむけた。
「……」
こんな奴には一言だって話してやるもんか、と意地になって、ルルーシュは窓にかかっていたカーテンを引こうと手を動かす。
が、その手をギュッとつかまれて。

「…なに。」

無愛想な色を隠しもせず、ルルーシュは冷たい視線を相手に向ける。
そんな視線に、若干びくついたように見えたスザクは、けれど。


「ごめん」


そういって、思いも寄らぬ言葉を寄越してきたのだった。


「……は?」
出し抜けに、一言、そう謝られてルルーシュの口からは間抜けな音が漏れてしまう。
しかし、そんなルルーシュの姿を笑うわけでもなく、スザクは必死に言葉を並べた。


「僕、君達のこと……その、 知らなくて…酷いこと言っちゃったから。」
「…」
「これ、お詫び。お菓子にしようかとも思ったんだけど…僕から貰ったものじゃ食べてくれないだろうって、うちのコックに言われたから…」
飽くまで、スザクとルルーシュは敵対国家の代表者の子。
ひょっとしたら、毒を盛られる可能性だってある。
きっと、そう、コックはスザクを諭したのだろう。
どこか傷ついたような顔をして差し出したのは、中庭に生えていただろう薔薇の花束。
少し青みがかったピンクのそれは、月光に照らされて神秘的な美しさを醸し出していて、自然と視線が引寄せられたのだけれど。

「おまえ、それ、どうしたんだ!」

薔薇の花束を差し出したスザクの指は、細い糸が巻きついたような傷が幾重にもついていて。
中にはまだ血が滲んでいるものさえあった。

「これは、ちょっと…。庭で薔薇を切るときに…。棘で…」
まずいものを見られた、とでも言わんばかりにスザクは其の手を急いで自分の背へと隠してしまう。
そんなスザクに、思わずルルーシュは怒鳴ってしまう。
「馬鹿か、おまえは!手袋くらいしておけよ!」
「あ、大丈夫。多分、花束に血は付いてないと思うから!」
その言葉をどう捉えたのか、慌てたような顔でそう付け加えてくるスザクに、ルルーシュはため息をついた。

「まぁいい…手当てくらいはしてやる。」

傷だらけのスザクの手を、乱暴に奪い取り、窓枠を乗り越えて来い、といわんばかりに軽く引っ張りあげてやる。
すると、それが嬉しかったのだろう。
緑色の瞳を一瞬、大きく見開くと、それを嬉しそうに細めて、笑ったのだった。
その笑顔は、太陽を思わせる、無邪気な子供の笑みで。

(…兄様や姉様とはえらい違いだな…)

ブリタニアにいる自身の兄弟達の姿を思い浮かべた。
彼らは皆、次期国王の座を狙って虎視眈々と機を窺う者ばかり。
こんな風に自分の感情をストレートに見せる人間など、今まで自分のそばにはナナリーを除いては誰もいなかった。

(コイツこそ、変じゃないか)

クローゼットから救急箱を取り出し、窓のそばに立ち尽くし、居場所なさげにしているスザクの手をとって、自分のベッドへと座らせた。

「…手、開けよ」
「こう?」
無邪気な表情で、言われたとおり手を差し出してくるスザクを、ルルーシュはチラリと一瞥すると、消毒液を含ませた綿で患部のまわりを丁寧に拭き、手当てをする。
時折染みるのか、小さく声を上げるスザクに、ルルーシュは唇をゆがめて笑った。
「……おまえ、僕がこの薬に毒が仕込んであったら、とか思わないのか。おまえは日本国代表の一人息子だろう?」
「え。でも、君達はそんなこと、しないだろ?」
「……」
思いつきもしなかった、という目で寄せられる無防備な信頼。
それがあまりにくすぐったくて、ルルーシュはどう応えたものかと黙り込んでしまう。
そんなルルーシュをよそに、スザクは隣のベッドを覗き込む。
そこには、余程疲れているのか。それとも優しい夢を求めているせいか。
ナナリーがあどけない表情で寝ていた。

彼女のこんな苦しみのない顔を見れるのは、夜だけだ。
ルルーシュが感慨にふけっていると、スザクは小さく微笑んだ。



「その子が笑える日が来たらいいね」


「…ああ…」




手当ても終わり、ルルーシュは消毒のために支えていたスザクの手から指を離す。
すると、まるで兎のような俊敏さでスザクはベッドから立ち上がり、窓へと走り寄った。
子供特有の高い体温が指から離れたあとに残るのは、ひやりとした空気の冷たさと一抹の寂しさ。

「手当てしてくれて、有難う!」
「ああ、こっちこそ花束、すまないな。ナナリーには確かに渡しておくよ」
「うん」

話すことも無くなり、後は別れるだけ。
そう分かってはいるのに、ルルーシュもスザクも別れを切り出せずにいた。
降りる沈黙は、居心地が悪くて。
スザクは慌てて口を開いた。
「あの…その、ね…えっと…」
しかしながら、何も考えずにいたために、すぐに言葉に詰まってしまって。
どうしようと、迷っていると、ルルーシュが先ほどよりは柔らかい声で、こう言ったのだった。


「…ナナリーは甘いものが大好きなんだ。」


「う、うん…?」

意図の読めないルルーシュの言葉にスザクは、意味が分からないながらも、頷く。


「中でもショートケーキには目がなくてな。」
「そう…?」



「おまえの家の傍にあるパティスリー高杉のショートケーキは絶品だそうだ」

「う、うん、おいしいよ?」




「だが、ナナリーは一人では買い物には行けないし、俺も何かとあって此処を出る事が出来ない。つまり…その…」

言葉を一度、切ってしまったルルーシュはそれ以降、口をつぐんでしまう。
気のせいか、その頬は段々と紅潮していって。

そこになって漸く、スザクはルルーシュの言いたいことを悟った。


「……いいの?」
「何がだ」
「だって、僕、毒をいれちゃうかもしれないよ?」

「…毒をいれるほど利口な奴は、薔薇の棘で手を切ったりしないだろ」
「そうだけど…でも…」

本当にいいのだろうか。
そう困惑げな顔を見せるスザクに、ルルーシュはフン、と背中を向けた。

「勘違いするなよ。…ナナリーの為だ。」

しかし、黒い髪から僅かに見えたルルーシュの耳は赤く染まっていて。
(素直じゃないなぁ、もう)
あまりのルルーシュの強情っぱりぶりにスザクは、噴出しそうになる。


「ん、分かった!高杉のショート、だね!」
「そうだ」
「数は…君の分とナナリーの分と………僕の分でいいのかな?」
「…好きにすればいい。」
「うん。ありがとう。」


(でも、本当、素直じゃないなぁ)
スザクはこみ上げてくる笑いを抑えながら、窓枠に足をかける。
その背中に。



「またな、スザク」


短く、言葉がかかってきて。



「うん、またね。ルルーシュ!!」



だから、スザクもそう笑って返した。





それが二人の出会い。






そして、ショートケーキが、実はルルーシュの好物だった、と分かったのは、それからすぐのことだった。


















2006/11/29


さて問題です。
…これはルルスザなのか、スザルルなのか!!(笑)
ツンデレルルたんと純粋スザクの出会い編を妄想したらば、こういう結果になりました(笑)

…ルルたん、甘党だと思うんだけど、いかがなものか。